鈴木秀明さんのプロフィール

はじめまして。ホタルジャパン株式会社のウェブサイトをご訪問いただきまして、ありがとうございます。

ホタルジャパン株式会社代表の鈴木秀明と申します。

どうして私がタイ語を学ぶことになり、タイに20年以上も住むことになったのか。また、タイへの私の想いなどをご紹介させていただきます。

気になる方はお気軽に読んでみて下さい。 また、ご連絡はお気軽にこちらからお願いいたします。

簡単なプロフィールと経歴

自己紹介
  • 埼玉県坂戸市出身
  • タイ在住25年(バンコク5年、チェンマイ14年、シラチャ6年)
  • 妻はタイ人弁護士(ホタルジャパンとは別に自身の弁護士事務所を10年以上経営)
経歴
  • 大学在学時にバンコクのシーナカリンウィロート大学に交換留学(Srinakharinwirot University)
  • 大学在学時にアメリカ西ワシントン大学に語学留学(Western Washington University)
  • 埼玉県警刑事部国際捜査課タイ語専門通訳官(埼玉県さいたま市本部勤務)
  • タイの上場日系工場で約18年間管理者としてマネジメント
  • 現在は日系企業様や個人様のご支援をするホタルジャパン株式会社を妻と経営
その他
  • 2024年に1年間日本の中古品販売事業を経営(日本側パートナーの都合で停止)
  • サミティベート病院での医療通訳
  • 商談、展示会、法廷通訳、医療通訳など各分野での通訳経験豊富
  • 通訳以外にも日々本当に様々なご依頼を受けています。

私がタイと関わることになったきっかけ

今思えば、海外など全く興味のなかった私が、大学時代に適当にタイ語を第二外国語として選んだことが、私のその後の人生を大きく変えることになりました。

大学入学前の18歳高校生の時、進学が決まっていた大学からある書類が送られてきました。それは、13か国語の中から専攻する第2外国語を一つ選択するよう、対象国に色が塗られた1枚の世界地図でした。

厳しいソフトテニス部で運動バカだった自分。海外なんて全く遠い存在だった私は、みんなが選ぶメジャーなドイツ語やフランス語はあえて選ばず、知らない国でちょっと面積が広めの国を適当にチョイス!

それがタイと出会う最初のきっかけでした。

1990年代当時、まだアジア諸国は今よりも発展途上国と認識されていた時代。同学年でタイ語を選択したのはたったの4人しかいませんでした。授業はほぼプライベートレッスン状態。幸い当時のタイ人の教授がすごく良い方で、次第に語学に興味を持つようになったのです。

大学在学中、これも軽い気持ちで受けたバンコクのシーナカリンウィロート大学への交換留学の試験に合格してしまい、1年間バンコクに留学することになってしまいました。タイがどこにあるのかもよく分かっていなかったのに、、、

ただ、実際に1年間タイに留学をしてみると、タイの人達の優しさや笑顔に魅せられ、更にタイに興味を持つようになりました。その当時はアメリカへの留学も経験し、ダサダサだった田舎者の私が大学時代に運良く今後の人生を変えるべく大事な国際感覚を養うことができたのです。

埼玉県警でのタイ語通訳専門官の仕事と渡タイの決心

大学4年生の頃はろくに就職活動もせず、卒業後はしばらく肉体労働のアルバイトをしていました。これではいけないと思い、タイに工場を持つある大手企業に就職。タイのアユタヤの工場で現地採用として勤務するという条件で入社しました。入社後半年間は兵庫県の超ド田舎で現場研修。その後、アユタヤのロジャナ工業団地の工場で勤務することになったのです。

アユタヤに移ってから2か月ほど経った頃、突然母親から埼玉県警がタイ語の通訳官を募集しているから受けないかと連絡が来ました。タイに来たばかりなのに、、と思いながらも、何とか理由を付けて日本に戻って採用試験を受けたところ、なんと合格してしまいました。

とても迷いましたが、採用人数1名の狭き門をくぐり抜けた喜びもあり、日本に戻ることにしたのです。

ということで、埼玉県警刑事部国際捜査課の県内で唯一となるタイ語専門通訳官の職に就き、埼玉県内全域のタイ人に関わる事件の取り調べ通訳や、入管との合同摘発などを担当していました。

異色な仕事でしたが、この時期にタイ語の基礎能力が格段に上がり、その後ネイティブレベルになる上で貴重な時期を過ごすことができたと思っています。

ただ、当時の埼玉県は元々タイ人の数も少なく、取り調べで呼ばれる件数も限られていました。それに加え、おとなしいタイ人は犯罪に手を染めることも少なく、捕まるのは不法滞在案件がほとんど。

取調べに1~2か月かかるような中国人などの凶悪犯罪とは違い、タイ人の不法滞在は1~2日で取調べが終わるのが通常した。公務員なのでもちろんお給料は普通に頂けますが、もっと活躍したいという想いがふつふつと次第に募っていったのです。

その頃、ちょうど同年代のイチローや新庄が安定した地位を捨てアメリカで挑戦を始めた時代。 イマイチ物足りなさを感じていた単純でおバカな私は 「よし、オレも海を渡るぞ!」と安定した仕事を捨て、思い切ってなんと29歳でタイに来てしまったのです(若さって怖い、、)。

タイでいきなりブラック企業に遭遇

タイでの最初の職場は、北部ランプーン県工業団地内のとある日系工場でした。ちなみに、どうやって仕事を探したのかというと、車で工業団地内にある工場を回って自分の履歴書を配りまくったのです。そこから返事が来た会社さんと面接をし、本社が地元埼玉にある工場に勤めることに決めました。

今考えると、無鉄砲なことをよくやったなあと呆れますが、、

そして、意気揚々とタイに来た私ですが、なんといきなりのブラック企業に人生で初めて遭遇してしまったのです。

たまに日本から来る80歳を超えた会長、タイ人を毎日怒鳴りつける中国人のおばちゃん、タイが長いネチネチと説教をする日本人副社長、まさに未知との遭遇という感じでした(笑)。会長が日本から来ると、昼食後(休憩時間中)に毎日役職者を集めてお説教。日本だったら完全にアウトなブラック企業でした。

そんな環境の中、せっかくタイに来たのにストレスが原因で右耳が聞こえなくなり、2年ほどでやむを得ず退職することに、、、

その後は異国の地で一時期貯金がすっからかんになり、早くも大ピンチに陥りました。

人生の転機

しかし、そこから人生が大きく好転することに。

崖っぷちの私は、現地採用で日系の自動車部品製造工場に再就職。得意の語学力と持ち前の負けん気を生かして頭角を現し、数年で本社採用となり在採用に転換。

そこから年収は一気に3~4倍に増えました。

仕事は責任も重く大変でしたが、日本の会社のようにしがらみもなく、色々とやりたいことがそれなりに自由にでき、大変有意義な経験を積ませて頂きました。

最初は語学力を買われて入社したものの、新設する経営企画部門のマネージャーに抜擢され、そこから管理職としての経験を積むことになりました。全社のほぼ全ての通訳や翻訳も兼任していたため、部門の垣根を越え非常に幅広い知識とスキルを得ることが出来た時期でした。

日本人とタイ人との間に挟まれた中でのマネジメントは非常に大変でしたが、日本にいたら、きっとこんな経験はできなかったことは言うまでもありません。

30歳を過ぎ、海外で貯金がすっからかんになった惨めでダメダメな私でしたが、この会社に入社したことが、私の転機になりました。社内で私だけが一人現地採用で4年以上苦しい思いをしましたが、上司や同僚に頑張りを評価して頂き、駐在への道が開けました。

その後は3社とも違う業種の工場に勤めることになりましたが、経営企画、品質管理、在庫管理、出荷管理、生産管理、見える化やERP導入プロジェクトを任されるなど、様々なマネジメントのスキルと経験を得ることになりました。私が今商談でしっかり通訳が出来るのも、この会社でのマネジメント経験があるからと断言できます。

日本の大きな会社で一つの部門だけを担当させられるより、タイで荒波の中で幅広いマネジメントを経験する方が絶対に力が付きます。その分大変なことはたくさんあるので覚悟が必要ですが、若い人には思い切って海外でチェレンジしてもらいたいなあとつくづく思います。

タイでの数々の経験を今後に活かす人生を送りたい

今までの経験を活かし、現在はタイ人弁護士の妻と共に、タイに関わる日系企業様や個人様をご支援するホタルジャパン株式会社を経営させて頂いております。

親日のタイといってもここは異国(アウェー)日本では考えられない想定外の出来事や嫌な目に出くわすことも多々あるのが現実です。

言葉が出来ずに誤解が生じたり、ビジネスで金銭トラブルに巻き込まれたり、思わぬ病気にかかったり、交通事故に見舞われたり、危険な目に遭うことだってあるかもしれません。

そんな時、本当に頼れる人が海外にいらっしゃいますでしょうか?

人生や仕事は順風満帆にいかないこともあるのです。

タイに来て20年以上、タイの人達と正面から向き合い、ずっと最前線で仕事をしてきました。

でも、実際はタイ語が分かるからこそ大変な思いもしてきましたし、タイが嫌いになったこともあります。騙されたことや、辛い経験や失敗も山ほどしてきました。

でも、やっぱり私の人生を大きく変えてくれたタイが好きで、今後もずっとタイという国に関わっていこうと思っています。

そんなタイの方々に恩返ししたいという気持ち、元々あった日本とタイの懸け橋になりたいという想い、今も信頼して下さっている方々への感謝の気持ちを常に忘れず、今後もタイに関わる方々のお手伝いをさせて頂きたいと考えています。

私はきれいごとばかりを言うつもりは全くありません。それが私と妻を頼りにしてくれる人を救うことになると信じているからです。私が今まで経験してきた数々の失敗を、出来れば他の日本人の方にはしてほしくないと思っています。

何か問題が起こってから相談が来ることがほとんどですが、事前に問題が起きないようにしておくこと、リスクを最小限にしておく方が、絶対にいいと思うからです。足元をすくわれてからでは遅いのです。

私はタイ語の通訳の仕事を受けることが多く、ただの通訳だと思われることが多いのですが、そうではないということをプロフィールから少しでも理解して頂けると嬉しいかなと思います。

弊社のこのウェブサイトは、全て自作の見栄えの悪いウェブサイトですが、ブログで有益な情報も少しずつ発信していく予定ですので、是非フォローして頂けると嬉しいです。タイのホントの姿を包み隠さずお伝えしていきたいと思います。

何かタイに関してご相談などがございましたら、お気軽に私と妻にお声掛け頂けると嬉しいです。 今後とも、よろしくお願いいたします。

個人的な価値観などのまとめ(おまけ)

  • ご縁を大切にする。
  • 真面目で一生懸命、仕事は信頼関係が最も大事。
  • 元々は照れ屋さん、でも仕事や通訳の時は大勢の前で別人になる。
  • タイ語はネイティブレベルなのでよくタイ人によく間違えられる。
  • タイ人のコネクションたくさん
  • チェンマイに持ち家がある(たまに車でバンコクからチェンマイまで戻ります)
  • 日本語教師有資格者
  • タイ人向けに発信している日本語教育用のフェイスブックページを運営(フォロワー約12,000人)
  • スポーツ大好き(テニス、サッカー、ソフトボール)
  • 阪神タイガースの大ファン(関東出身なのに)

ご連絡はお気軽にこちらからどうぞ!

タイ人弁護士の妻のプロフィールはこちらから